日蓮宗信仰徒然

日蓮宗信仰徒然

2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

久遠実成といい

久遠実成といい元初では無いと言う屁理屈を並べても、所詮日興上人からして釈迦本仏であり日蓮聖人は上行菩薩との認識である。日寛からの作り事でしかない日蓮本仏。

釈迦本仏 文証

観心本尊抄に『地涌千界は教主釈尊の初発心の弟子なり』 日蓮本仏の総本山大石寺の開基日興上人の文 『宗学全書』の「日興上人御消息の部」においてには、 「久遠実成釈迦如来の金剛宝座なり。・・上行菩薩日蓮上人の御霊崛なり」(与波木井実長書・宗全2-…

功徳燦々

前から睡眠外来に行けば?と言われ続けて数年、やっと行く気になり、昨日行って昨晩簡易検査の機器で検査。本日検査結果を簡易機器を返したら、!なんと、やばすぎ結果。いつ死んでもおかしくないらしい。本検査無しで、無呼吸睡眠治療機器の貸し出し。やっ…

本迹一致

法華経本迹一致だが、その前に本迹勝劣がある。方便品、寿量品の勝劣を認めながら、 日向師が本迹の相違性と一体性の二面性に着眼しながら「本迹雖殊不思議一意歟」と説かれたこと、この時点では「一致」や「勝劣」というタームは文献の中に見られず、現時点…

曼荼羅と釈迦像

清澄寺大衆中 建治二年正月 五十五歳御作 日蓮敵をなして領家のかたうどとなり清澄・二間の二箇の寺・東条が方につくならば日蓮法華経をすてんと、せいじやうの起請をかいて日蓮が御本尊の手にゆいつけていのりて一年が内に両寺は東条が手をはなれ候いしなり…

荒業のはじまり

日蓮大聖人より、天奏を任された日像上人は長じて25歳のとき、遺命の実現を決意。鎌倉の由比ヶ浜で日蓮大聖人の数々の法難のご苦労を偲び、身を清める為、極寒の海水に入り、寒中百日間の行をして、日蓮聖人の霊跡を巡礼され、京都に向かわれた。

現証 祈雨

延文三年(1358)夏には深刻な干ばつが京都を襲ったが、大覚妙実は天皇の詔によって法華経による祈雨の祈祷をした。すると、たちまちに雨が降る霊験を示した。この功績により日蓮聖人、日朗上人(六老僧・日像の師匠)、日像上人に菩薩号を賜わり、大覚妙実自…

日像上人 天文法難

日蓮大聖人入滅の間際に帝都弘通を日像上人に託しています。大石寺の言う通りならば、何故日興上人系の人に帝都弘通を託さなかったのか?甚だ疑問である。 室町時代には京都は既に広宣流布されていました。比叡山に焼き討ちされるまでは。 僧兵おそるべし。…

日朗聖人のお弟子日像上人

日像上人の京都弘通(ぐづう) 日蓮聖人御入滅時の状況は、 弟子・信徒を合わせても数百人 東国数ヵ国に散在するにすぎない 日蓮聖人の教団は微々たる地方教団にすぎなかったという状況だったようである。日蓮聖人の教えを全国に弘めるためには、天皇のおられ…

ブログ副タイトル 日蓮宗のすすめ

副タイトルをつけました。日蓮宗のすすめ。 日蓮大聖人は曼荼羅本尊正意だが、その他の仏像、鬼子母神、大黒など、信徒が造立供養しても、お叱りはありません。釈迦如来本仏は御書を読むと釈迦本仏としか読めない。意訳意訳して解釈して日蓮本仏を無理やり作…

感じ入るもの

https://youtu.be/cNYUdRevLEk とても感動した御説法です。

日蓮本仏論の誤り

以下の御書は日蓮本仏論が間違いである文証ではないだろうか? 「守護国家論」(創価学会版なら76P)から 「法華経においては、多宝・釈迦・十方の諸仏、 一処に集まりて撰び定めて云く、「法をして久しく住せしむ」 「如来の滅後において閻浮提の内に広く…

布教について

布教しない宗教には未来は無い。 と私見。

絶好調

やはり、今のところ、日蓮宗の勤行唱題を欠かさずやっております。自営の仕事絶好調です。新しい新規のお客様が増えて連日満員御礼でございます。ありがとうございます。日蓮正宗の時は暇暇だったんですよね。相伝ってやはり、気になるのですが。釈迦からの…